■家系(ルーツ)の調べ方について考えます。

家系の調べ方

聞き取り調査

伝聞によるもので、生存中の身近な親族や、卑属は、ある程度把握できます。

戸籍調査

家系調査には不可欠であり、これに尽きると言っても過言ではありません。

氏名、出生年月日、戸籍に入った原因および年月日、実父母の氏名、養子であるときは養親の氏名と養親との続柄、これ以外にも様々な情報が記載されています。

災害、戦災で戸籍が消失した例があり、一概に述べることはできませんが、江戸末期ころまでさかのぼれる可能性を秘めています。戸籍制度の施行は明治初期、当然、江戸期に生まれたご先祖様も記載されました。

最も残念なことは、法令により、昔の戸籍が処分されていることです。すなわち、わたしたちのルーツが書かれたデータが捨てられているのです。裏を返せば、家系調査を急ぐ要素でもあります。

現地調査

江戸時代以前の家系調査です。高度かつ専門的な知識、推理力を要し長期かつ広域にわたる移動も覚悟しなければなりません。

調査資料には、お寺の過去帳(檀家の名簿のようなもの)の他、墓石や位牌にも情報が刻まれています。

武家でしたら地域の郷土資料館や図書館で、分限帳(武家の名簿)が閲覧できるかもしれません。国立公文書館では、全国的に分限帳を収集しています。

現地調査に知的好奇心をくすぐられた方もいらっしゃると思いますが、当サイトでは、これ以上現地調査に関しては、深入りしません。ご容赦ください。

戸籍の予備知識

自身の戸籍は、交付請求なされたことがありますよね。ですが、記載内容まで意識して読まれましたか?考えてみると案外、戸籍ってなじみが薄いと思いません?

相続人になられたご経験がある方には、亡くなった方の出生から死亡まで連続する戸籍謄本、除籍謄本、改製原戸籍謄本を入手されたと思います。金融機関が払戻や名義書換などで提出を求めてきます。

生涯とおして、1通だけの戸籍にしか記載されない方は稀で、転籍したり、婚姻で新しく編成したり、あるいは役所の様式が改製されるなどで複数にわたり記載され、編製のたびに古い情報は除かれます。

故人(戦前出生)の出生当時の戸籍にゆきつくころには様式も異なり「家督相続」「隠居」「分家」などの表示、祖父母、曽祖父母、伯叔父母や従兄弟姉妹、甥姪など傍系含め、数世代にわたる記載が見られます。

ちょっと聞き慣れない用語が、出はじめてきましたね。用語について触れてみます。

戸籍謄本

全文写し。電算化済みの自治体では、全部事項証明書ともいいます。

戸籍抄本

必要部分写し。電算化済みの自治体では、個人事項証明書ともいいます。家系調査では「謄本(全部事項証明書)」を使用します。

除籍謄本

抜け殻になった戸籍謄本です。戸籍から記載者全員が抜けてしまうと別に管理されます。よび方も除籍謄本となり、現役を引退します。

電算化済みの自治体では、除籍全部事項証明書ともよびます。除籍抄本(除籍個人事項証明書)も請求できますが抄本(個人事項証明書)は家系調査では使用しません。

除籍とは? 除籍の2とおりの意味

一方の意味は、届出により新戸籍の編製される者(婚姻、分籍)、他の戸籍に入る者(養子縁組)、死亡した者を戸籍から除くことです。

もう一方の意味は、記載されている者がすべて抜けてしまった抜け殻の戸籍(除籍簿)を現役の戸籍簿とは区分して別に管理することです。

ちなみに分籍とは、未婚の子が姓の変更を伴わずに親の戸籍を抜け自分の戸籍を編製することです。成年すれば自由にできます。

改製原戸籍謄本

戸籍様式の改製される前の戸籍謄本のことです。最近の改製は、電算化に伴い様式が横書きに変るときでした。それまでの縦書きで、手書きもしくはタイプ打ちの戸籍簿が改製原戸籍になるわけですね。

がらりと改製されたのは、昭和30年代で、その前までの記載事項は、家制度を反映した様式でした。戸主の祖父母、曽祖父母、伯叔父母や従兄弟姉妹、甥姪にあたる方までも記載されることがあり、家系調査には格好の資料です。

古い除籍簿や改製原戸籍には「大正4年式戸籍」、「明治31年式戸籍」そして「明治19年式戸籍」があります。

それより前に「明治5年式戸籍(壬申戸籍)」もありますが、旧身分制の影響が強く、人権にかかわるとされ交付も閲覧も一切できません。

「戸主」という用語にも触れてみましょう。戸主とは昭和30年代の改製より前の戸籍で、一家の代表者を指しました。戸主には子の婚姻に反対できるなどの強い権限も与えられていました。

記載者は配偶者、直系では子、孫、親、祖父母、曽祖父母など3世代以上にわたり、傍系である兄弟姉妹や甥姪も含まれるときがありました。

戸主が亡くなるか隠居すると新戸主が家督相続を届け出て、家族全員が新戸主の戸籍に移ります。引越しするみたいな感じですね。

現行戸籍制度に改製後は、呼称も「筆頭者」にあらためられ、戸籍の目次的役目を果たすのみになりました。記載者も配偶者と子の2代までで、孫は記載できません。

「筆頭者」が亡くなっても戸籍内に配偶者や子が残っていれば除籍簿にもなりませんし、あらたに筆頭者を置くこともありません。

 

ルーツを捨てる法令!?

問題提起…あなたのルーツが消されてゆく!

戸籍の抜け殻である除籍簿は、戸籍法施行規則により保存期間が定められています。

この規定が、各自治体により、今、まさに実行されていることこそが「緊急事態!」なのです。条文を読んでみましょう。

戸籍法施行規則

第5条の4 除籍簿の保存期間は、当該年度の翌年から八十年とする。

この原稿を書いている2007年から80年前といえば、1927年(昭和2年)。

すでに昭和初期に除籍簿となった戸籍は、役所の保管義務がなくなり、処分の憂き目を見ていることになります。

昭和2年当時は、戸主が交代すると家族全員が新戸主の戸籍に引越しするみたいな感じでしたから、前戸主が亡くなるか隠居されるだけで、前の戸籍は一気に抜け殻になります。

除籍された謄本1通の中には、みなさんのルーツにあたる数世代分のご先祖様たちの貴重な情報が記載されていますよね。

それが今、廃棄される危機にさらされているのですよ。いえ、一部はもう処分されてしまいました。

このまま放置するには惜しいと思いませんか?従来、この廃棄について、世間一般には、何の問題提起もなされてきませんでした。

みなさん。率直、家系図作成は後でも結構です。ご先祖様の除籍謄本、改製原戸籍謄本は、すぐにでも入手してください。

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では早速、戸籍の交付請求の仕方に移りましょう。

戸籍の交付請求

まずは、自己の戸籍謄本から入手してみましょう。

本籍地の役所窓口に行きましょう。本籍地は、住所とは異なります。自動車運転免許証を見てください。本籍と住所の欄がありますね。

本籍とは戸籍の所在する場所であり、住所にかかわりなく国内のどこにでも自由に置くことができます。

皇居でも、領土問題の残る北方領土、竹島であっても可能です。

役所窓口には、印鑑と免許証などの身分証明書を持参しましょう。印鑑がなければ拇印、指印でもよいと思います。役所により多少異なるかもしれません。

窓口に交付請求書が備えてありますので、所定事項を記入します。

本籍地

運転免許証にも表示がありますが、もし免許証もなく、本籍地も不明であれは、住所地で住民票を入手すると本籍地の記載があります。

本籍地省略の住民票も選べますので注意します。本籍地記載の住民票を交付してもらいましょう。

筆頭者

父親や夫をイメージしてしまいますが、あくまで婚姻届のとき姓を変えなかった夫婦の一方のことです。妻の姓を選択していたのであれば、妻あるいは、母親が筆頭者です。

さて、交付された戸籍謄本は、どんな様式でしたか?

 

家系(ルーツ)の調べ方

電算化なされていない役所では、縦書きで、手書きか、もしくはタイプ打ちの様式です。

電算化された役所では、横書きになりますから、縦書きのは、すでに改製原戸籍謄本になっているわけですね。

戸籍法

第12条の2 除かれた戸籍に記載されている者又はその配偶者、直系尊属若しくは直系卑属は、その除かれた戸籍の謄本若しくは抄本又は除かれた戸籍に記載した事項に関する証明書の交付の請求をすることができる。国又は地方公共団体の職員、弁護士その他法務省令で定める者も、同様である。

したがってみなさんは、直系尊属の記載がある戸籍謄本、除籍謄本、改製原戸籍謄本も請求できます。

一方、直系尊属の兄弟姉妹は傍系であり、傍系の戸籍は入手することができません。

ただ、謄本には全文が記載してあります。筆頭者の子である傍系の方の存在は結果として読めるわけですね。

しかも、昭和30年代の改製前の除籍謄本、改製原戸籍謄本であれば、戸主の両親、祖父母、曽祖父母、伯叔父母、従兄弟姉妹、甥姪まで記載が及ぶ場合もあります。

みなさんが、ご先祖様たちと同一市町村に本籍地を置かれていれば、同一の窓口でご両親、その次は祖父母といった具合で、一挙に除籍謄本、改製原戸籍謄本が入手できるでしょう。

理屈では、1通交付を受けたら、次の交付請求へという具合に進めるのでしょうが、できるだけさかのぼって、直系のご先祖様の除籍謄本、改製原戸籍謄本を交付してほしい旨、最初に告げてみましょう。

窓口によっては、ゆきつくところまで調べて、一挙に交付してくれるときもあります。交付請求書は、窓口の要求に応じて、後で書けばよいでしょう。

ただし、除籍簿になってから80年経過したものは、もはや入手困難でしたよね。

困難と表記したのは、実は、稀に保管期間を経過した除籍簿が残っていて、交付してくれる役所もあるからです。ありがたいことですね。

管轄外から転籍してきたご先祖様が判明すれば同一窓口での交付は終了です。転籍元の役所窓口に出頭するか、郵送で交付請求します。

郵送による交付請求

一概には言えませんが、多くの自治体ではホームページで郵便請求用の交付請求書をダウンロードできるようにしています。

パソコンのプリンターで印刷すればそのまま郵送用の交付請求書として使用できます。あわせて手数料、支払方法、添付書類、返信封筒や切手を同封する旨も示されているでしょう。

パソコンもインターネットもなければ、ご先祖様の本籍があった役所に電話で問い合わせてみることからはじめたらよいと思います。

交付請求書には筆頭者であるご先祖様のお名前や本籍を書き込まなければなりません。

次は、みなさんの戸籍からご先祖様の戸籍へとさかのぼる方法、戸籍の読み取り方についてです。

戸籍をさかのぼってみましょう

戸籍をさかのぼるにはまず、おてもとの戸籍が「いつ編製され、いつ消除された」かの期間を読み取ることからはじめます。

おてもとの戸籍謄本が「いつ編製された」のかを読み取ってみましょう。

まず戸籍編製の原因には「届出」と「改製」があげられます。そして新しく編製された戸籍には、編製の原因と編製年月日が記載されます。

上のサンプルでは上部右端に全部事項証明書と記載されていますよね。

指し示すまでもありませんが、編製日は【改製日】平成16年3月1日であることが読み取れます。

編製の原因も【改製事由】平成6年法務省例第51号付則第2条第1項による「改製」であることが読み取れますね。

この他、この戸籍謄本から、なにが読み取ることができるでしょうか?

「除籍」とか「改製原戸籍」の表示がありませんね。裏を返した読み方になりますが、消除されていない、交付請求した日において「現役」である戸籍謄本ということが分かります。

すなわちこの戸籍の期間は、平成16年3月1日から交付日までなのです。

次のサンプルです。

 

上部左端に「除籍」の記載がありますね。ということは除籍となった日付が記載されているはずです。

ありました。【消除日】平成18年2月2日ですね。

編製日は【改製日】平成16年3月1日とあります。改製日から平成18年2月2日までの期間がこの戸籍の「現役であった」期間ですね。

ところで太郎さんの記載事項は、文さんに比べて、ずいぶん少ないですよね。なにが原因でいつ除籍になったのでしょう?

実は、この戸籍が改製された平成16年3月1日の時点で、すでに太郎さんは戸籍から除かれていたのです。

あらたに編製された戸籍では、筆頭者ゆえに名前の記載は残りましたが太郎さん除籍の原因や年月日は記載されなかったのでした。

戸籍は現役期間中は、除かれた人物の欄に×あるいは除籍の文字が付され、除籍の原因、年月日の記載もあり、その痕跡が残ります。

ですが、改製であらたに編製されるときには、すでに除かれた人物や記載事項は転写されません。

改製が原因で編製された謄本には、除かれて転写されなかった人物、記載事項があるかもしれない…と疑ってみることです。

今回の場合、太郎さんは戸籍筆頭者ゆえに名前はかろうじて残りましたが、除籍原因や年月日の記載は転写元である「改製原戸籍」を読んでみなければ分かりません。

戸籍編製の原因が「改製」であるときは、転写元である改製原戸籍が存在します。では、戸籍をさかのぼってみましょう。交付請求書には筆頭者甘木太郎、本籍福岡県朝倉市甘木百番地と記入、改製原戸籍謄本を選択します。

この改製原戸籍の現役であった期間を読み取ってみましょう。

戸籍が現役であった期間は、婚姻の「届出」により昭和33年3月3日の編製から「改製」で消除された平成16年3月1日までというのが読み取れます。

愛子さんという娘さんがいたのですね。

おや?太郎さんと愛子さんの名前の欄に大きく×の跡が残っています。

戸籍が現役であった期間中の「届出」すなわち、太郎さんが亡くなり戸籍から除かれたこと、愛子さんが結婚であらたに夫との戸籍を編製したことを指しています。

くどくなりますが戸籍が編製された原因が「改製」である場合、転写元の×で除かれた人物の記載事項は、転写されませんでしたよね。

現役の電算化された戸籍謄本では、改製の時点で除かれた太郎さんや愛子さんの記載事項は転写なされず、読み取ることができないのです。

従って「改製原戸籍」を交付してもらい、読み取るわけでした。

では、次の段階です。太郎さんは結婚する前、どこに本籍があったでしょう?

太郎さんの欄に「朝倉文と婚姻届出昭和…受附朝倉市甘木弐拾弐番地甘木一戸籍より入籍」という記載があります。見つかりましたか?

すなわち太郎さんは、文さんと戸籍を編製する前、朝倉市甘木弐拾弐番地、筆頭者甘木一さんの戸籍に記載されていたことが分かります。

次の交付請求は、筆頭者が甘木一さんの戸籍ということになりますね。

一さんの戸籍が現役である場合「戸籍謄本」、記載者全員が抜けてしまっているなら「除籍謄本」を請求します。

ですが、一さんが筆頭者である戸籍は、現役の戸籍謄本、除籍謄本のいずれにしてもやはり改製によって編製されているはずです。

なぜなら、太郎さん婚姻時期の昭和30年代は、戸籍の様式、記載者の範囲が大幅に改製された時期であるからです。

一さんの戸籍が現役なら、本事例の朝倉市では、さらに電算化による改製もなされているでしょう。

改製前の婚姻により除かれた太郎さんの記載事項は転写されません。あらたに編製された戸籍謄本では読むことができませんよね。

ですから一さん筆頭者の戸籍内で太郎さんの記載事項を求めるなら、一さんの「改製原戸籍謄本」のみ交付請求してもよいでしょう。

交付請求書には筆頭者甘木一、本籍福岡県朝倉市甘木22番地と記入、改製原戸籍謄本を選択します。

さらに様式の異なる戸籍が交付されましたね。

大正4年式戸籍とよばれる様式です。父の欄右※印は、枠内に文字が収まりきれなかった箇所で「前戸主トノ続柄」が入ります。

記載事項から編製時期と編製原因を読み取ってみましょう。

上段の4行目ですね。「朝倉郡甘木村拾番地戸主甘木半蔵弟分家届出大正八年五月五日受附」と記載されています。

「分家届出」なるものが戸籍の編製原因らしいです。

一さんは、この戸籍編製の大正八年五月五日より前は、兄で戸主甘木半蔵さんの戸籍にいたことも読み取れますね。

妻の一子さんも「大正八年五月五日夫一分家ニ付キ共ニ入籍」の記載から、前は半蔵さんの戸籍にいたことが読み取れます。

意外でしたが、一さんは三男たったのですね。父母の欄下に「参男」との記載があります。

おや?前戸主も※前戸主トノ続柄も空欄です。どういうことでしょうか?…気になりますが、のちほど説明します。次の段階に進みましょう。

次は、一さんの分家前、戸主が半蔵さんである改製原戸籍謄本の交付請求ですね。

ところでなぜ除籍謄本ではないのでしょうか?

実にくどいと思われましょうが、改製を原因とする戸籍には除かれた人物や記載事項は転写されませんでしたよね。

一概には言い切れないのですが、戸主が半蔵さんである戸籍から記載者全員が抜けて、除籍簿になるよりも前、昭和30年代にやはり改製されている可能性が高いからです。

そうなるとどっちみち改製原戸籍謄本も交付請求することになりますので、先手を打つわけです。

では、改製後の戸籍謄本、除籍謄本は読まなくてよいのかというと、そうでもありません。そもそも改製原戸籍謄本では没年が読めません。

また例えば、半蔵さん(一さんでも同じです)が戸籍改製の後、養子を迎えたとか、遅れて子を認知したとか、家系図に書き込む要素が記載される可能性もなきにしもあらずなのです。

戸籍上は、筆頭者が半蔵さんなら太郎さんの従兄弟姉妹、筆頭者が一さんなら太郎さんの兄弟姉妹が存在することにもなりますよね。

もっとも半蔵さんは太郎さんの伯父であり、傍系ですから、改製後の戸籍交付請求はできませんが…そういうわけで、得られる情報は少ないかもしれないけれど、没年や稀にある記載事項までも確かめたければ、改製後の戸籍謄本あるいは、除籍謄本も交付請求することになります。

戦前は、戸主が亡くなるか隠居され、家督相続がなされると家族全員が新戸主の戸籍へ移りました。改製にも近いスタイルですよね。やはりあらたに編製される戸籍には、除かれた人物や記載事項は、転写されません。

例えば、戸主の孫として記載されていた方が幼くして亡くなったり、養子に出られたりしたとします。

その後、家督相続がなされますと、生存かつ他の戸籍にも移っていない記載者のみが新戸籍に移り、同世代の兄弟姉妹でも、亡くなった方、養子に出た方、他家に嫁いだ方は、あらたに編製される戸籍には、戸主の子として記載されず、存在が埋もれてしまいます。

彼らの存在は前戸主の除籍謄本を読むことでようやく判明するのです。

さて、話題を転じます。一さんは太郎さんの親で直系尊属ですが、一さんの兄、半蔵さんは、伯父さんにあたり傍系尊属です。なのに傍系の卑属が戸籍を取れるのでしょうか?

答えは、筆頭者や戸主が傍系であっても直系の人物が記載されている(属している)戸籍謄本であれば、交付請求できることになります。

では、交付請求してみましょう。交付請求書には、筆頭者甘木半蔵、本籍朝倉郡甘木村拾番地、改製原戸籍を選択です。

また様式が変っていますね。

明治31年式戸籍とよばれる様式です。父の欄右*印は、枠内に文字が収まりきれなかった箇所です。「前戸主トノ続柄」が入ります。

戸主の生年の左欄***印には「戸主トナリタル原因及ビ年月日」です。

各記載者の母の欄左**印には「家族トノ続柄」です。記載事項を読み取ってゆきましょう。

編成原因と年月日は専用欄***が設けられていますよ。読み取りやすいですね。

「父与作死亡ニ因リ大正弐年弐月壱日戸主ト為ル同月五日届出受附」とあります。

消除原因と年月日は、昭和参拾弐年法務省令第二十七号により昭和参拾参年拾月壱日あらたに戸籍を編製したため本戸籍消除と記載されています。

見える範囲では、記載者全員に×が付されていますが、続きのページにまだ記載者が残っていたのですね。改製されるまで、除籍にはならなかったことがうかがえます。

半蔵さんの母であるチカさんが記載されています。生年はついに江戸時代に入りました。チカさんの両親の名前も記載されています。

一さんの記載もあります。戸主との続柄は弟ですね。「参男」と記載されています。…あれ?二男の方の記載がありませんが…

もうご察しですね。前戸主与作さんの戸籍が現役のとき、亡くなるか養子に出たかで、戸籍から除かれていたのでしょう。

この戸籍謄本には「前戸主」も「前戸主トノ続柄」にも記載がありますね。たしか、一さん戸主の戸籍には、記載がありませんでした。

戸籍編成の原因に「父与作死亡ニ因リ大正弐年弐月壱日戸主トナル」と記載されています。半蔵さんは、家督を相続したのですね。

一方、一さんは三男で、戸籍編製の原因が、分家でした。家督相続ではなかったので「前戸主」も「前戸主トノ続柄」もなかったのです。

半蔵さんと一さんの母、チカさんの記載事項には両親の名前もあります。原幸之助、カ子さんですね。

一方、前戸主で、父親の与作さんは、生年月日も両親の名前も、判明しません。

戸主半蔵さんの戸籍は、与作さんの死亡によって家督相続がなされたため、亡くなった与作さんの記載事項は転写されませんでした。

従ってこの戸籍では、与作さんの生年月日、両親の名前は、読むことができません。

もし与作さん隠居による家督相続で、戸主半蔵さんの戸籍編製時点に生存していたなら、与作さんの生年月日も両親の名前も記載されていたはずです。

また、半蔵さんの祖父母、曽祖父母も戸籍編製当時に同居、生存なされていたなら、記載されていることでしょう。さらに生年月日と両親の名前までも読めることになりますよね。

場合によっては、戸籍1通だけで4〜5世代の情報が読めることもあります。この年代の戸籍は、とても貴重なのです。

次なるは、与作さんが筆頭者である除籍謄本の交付請求ですね。

ですが、大変残念なことに、これ以上戸籍をさかのぼることはできませんでした。

戸主与作さんの戸籍は、戸主半蔵さんの新戸籍が編製された時点から除籍簿になりました。大正2年(西暦1913年)のことです。

経過すること81年。西暦1994年(平成6年)には保管期限を迎えていました。

甘木家の戸籍による家系調査は、ここで打ち止めとなるのでした。

参考までに仮に入手できたとして、さらに古い明治19年式戸籍の様式を見てみましょう。

この様式が現在取得できる最も古い戸籍の様式です。戸主も記載者もスペースが同じですね。

戸籍をさかのぼるにつれ様式は変わるも、みなさん読み取り方には、だいぶ慣れてきたのではないでしょうか。

逆に文字自体の読み取りは、困難になってゆきます。

手書き、墨書きで中には、不鮮明、汚れ、字のつぶれも見られます。

書道字典を参照しなければ読めないこともあるでしょう。

わたしたちが通常使用しない旧字体の使用もよく見かけます。

この戸籍でも、編製時期に明治廿年七月十一日相続とありますよね。

「廿」は二十のことです。十が横に2つ並んで二十なのですね。

戸籍が入手できない事例

前出の除籍簿保管期限経過の他、災害、特に戦災による戸籍の焼失で戸籍が入手できない事例があります。

東京都港区、中央区、千代田区、墨田区、台東区、桑名市、伊勢市、那覇市、樺太、北方領土などの地域です。なお、広島市では原本は焼失しましたが、副本が法務局に保管されていて、難を逃れたということです。

空襲や戦闘で戸籍が失われた家系では、いまだに戦争の影響を受けていると言えます。大変気の毒なことです。

戦災の他にも、差別など人権問題が絡む地域では、役所が本人以外には交付しないこともあります。

直系であるみなさんが、ご先祖様の戸籍を交付請求なさるのには、あまり影響ないと思いますが、請求理由が「家系調査」では、交付を渋る役所も稀にあるそうです。請求理由を「先祖供養」にする方が無難であるとの報告もあります。

プライバシーに関すること

戸籍には、出生、死亡、婚姻、養子縁組の他にも離婚、離縁、認知などプライバシーに関するデリケートな情報も記載されます。

すなわち、戸籍をさかのぼる過程で、ご先祖様の離婚歴や異父母兄弟姉妹が存在した事実が知れてしまうときもあります。

顔も知らない古いご先祖様のことであれば、ほほえましく受けとめることもできるでしょう。

ですが、調査の前提には生存する方もしくはその親の世代で、伏せておきたかった事実があばかれることで、生存する方あるいは、みなさん自身にも複雑な感情をおぼえさせることがあることをご承知ください。

壬申戸籍とプライバシー

明治5年式戸籍(壬申戸籍)が閲覧、交付できないのも、差別などの人権問題が背景にありました。

昭和43年(1968年)、被差別部落民かどうかを探り出すためにこの戸籍を用いようとした事件が発覚し、閲覧が禁止されました。同年、公開も禁じられ、封印保管されてしまいます。

壬申戸籍の情報公開請求をした事例が平成13年と16年にありますが、ともに却下されました。

戸籍交付請求のススメ

説明を読んだだけでは分かりづらかったかもしれません。おてもとに戸籍を置かれて、再度お読みになることをお勧めします。習うより慣れです。

戸籍交付請求の仕方が分からなくても、とりあえず本籍地で「直系でさかのぼれるだけさかのぼって先祖を調べたい」と告げれば、交付してくれるはずです。転籍が判明したら、次の問合せ先の役所も教えてもらいましょう。

戸籍をながめると相関関係がなんとなく見えてきます。自分なりに組み立ててみましょう。戸籍の前後関係や取得もれは、読み取りの中で気づいてゆくものです。

最優先すべきは、除籍簿の廃棄処分の阻止です。一刻も早く行動してほしいと思います。

系図を書いてみましょう

相関関係を読み取ります。記載者の名前の欄以外にもよ〜く注意を払ってください。小さく書いてある親族の名前も読み取ることができますよ。

例えば、父母は、子の欄でも読み取ることができます。外戚関係では、従前戸籍戸主が、父ではなく兄の場合もあります。

兄弟姉妹が婚姻で除籍するときは、その配偶者の名前、従前戸籍戸主も読み取ることができます。

二男、三男、二女、三女など続柄の記述から、名前の記載がなくても、兄、姉が存在したことがうかがえます。改製ないし家督相続で、あらたに戸籍編製された場合がそうです。

これまでのサンプルの戸籍で、現れた人物すべてを記述しますと右のような具合になりました。

黒の系線でつながるのが愛子さんの甘木家の直系です。愛子さんの直系で外戚にあたるのが朝倉家、山田家、原家、林家です。

石井家、横田家は傍系です。一さんが兄である半蔵さんの戸籍に属していたため判明した家系です。

では、愛子さんの甘木家の直系+その兄弟姉妹のみ記述してみましょう。

下のような具合です。

…さみしい感じですね。兄弟姉妹の記述が、一さんの世代以外ありません。

と申しますのも、実はサンプルでは、戸籍1通のうち、1枚目ないし2枚目までしかお見せしていなかったので、人数が少なくなってしまったのです。

本来は戸籍1通にはもっとたくさんの枚数があり、記載者も多いのです。

一さんや太郎さんの世代では兄弟姉妹も多く、もっとボリュームある系図になるでしょう。

同じ人物で横系図に直しますと右のような具合です。生没年と外戚を記載することでボリュームが出ます。生没年では、傍系の人物の生年は判明するも没年は不明の場合が多いです。なぜなら、婚姻などで除籍になった後は、傍系の戸籍は追跡できないからです。

上の横系図で、直系である一さん、一子さんの没年が未記載(▲参照)ですよね。筆頭者一さんの戸籍が途中で改製のためあらたに編製されてしまったからです。すなわち改製後の戸籍を交付請求すれば、没年は判明するはずです。

この系図を書くという段階、点と線がつながって、江戸末期ころのご先祖様と自身がつながってゆく工程が、パズルの組み立てや謎解きみたいで、もっとも楽しいときです。未知なるご先祖様を知り、不思議な気分にひたることができます。



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